松浦利幸「ベンチャー温故知新」VBの歴史と最新情報

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zoom RSS 「本田宗一郎ものづくり伝承館」-スーパーカブや本田氏の言葉、絵等展示-小さいが勇気とファイトが湧く館

<<   作成日時 : 2013/10/04 19:17   >>

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 故郷−城趾などもある、天竜川沿いの村に2010年に開館

 先日、浜松市にある「本田宗一郎ものづくり伝承館」を訪れましたので、今回の「ベンチャー温故知新」は、同伝画像承館のことを書いてみたいと思います。本田宗一郎氏(明治39年=1906年11月〜平成3年=1991年8月、享年84歳)は本田技研工業(ホンダ)を設立し、一代で世界的なオートバイ、自動車メーカーに成長させた創業者として広く知られています。ですから、日本の生んだ国際的なベンチャー企業経営者だと言えます。それで、かねて同伝承館を訪ねたいと思っていました。
 伝承館のある浜松市天竜区二俣町は、本田氏が生まれ育ったところで、本田氏は著書「私の手が語る」(講談社文庫、1985年2月15日第1刷発行)で、「天竜川は暴れ川だった。私の郷里は静岡県天竜市、以前は磐田郡光明村といった浜松の在である。昔の城趾などもある、すこし小高くなった川沿いの村で、天竜は大きく蛇行してうねるように集落の下を流れている」と書いています。天竜市は2005年7月の市町村合併に伴い、浜松市になりましたが、伝承館は天竜市になる前の旧・二俣町役場を改修して2010年に開館。NPO法人 本田宗一郎夢未来想造倶楽部が浜松市の委託を受け管理運営しています(冒頭の写真はスーパーカブシリーズとビデオ=右)。

 「太いキリがここから入り…」−「私の手」が入り口でお迎え

 その伝承館を入ると正面に、この「手」が大きく描かれていて、「夢中になって仕事をしていると、品物の出来上画像がりだけを考えていて、自分の手など見ていないのだ。」と書かれ、「太いキリがここから入り…」などと、たくさんのキズがどうしてできたか説明されています。その前を通って内に入ると、50ccオートバイ(モーターバイク)の代名詞ともなった「スーパーカブ」(1958年8月発売)をはじめ、オートバイが開発される前の自転車画像補助エンジン(原動機付自転車)、初のモーターバイク「ホンダC型」(49年開発)、女性向けに開発した「リトルホンダ」、小型レジャーバイクの「モンキー」、さらには、米国マスキー法(大気清浄法)を世界で初めてクリアし、自動車メーカーとしてのホンダの名を国際的に知らしめた低公害エンジン「CVCC(Compound Vortex Controlled Combustion=複合渦流調速燃焼)=72年10月発表」なども展示されています(左の写真は「ホンダC型」)。

「新しい技術や理論を求める仕事というものは99%が失敗である」

 同時に「本田宗一郎のあゆみ」(年表)や生涯をダイジェストにまとめたビデオ、スーパーカブの生産を始めるにあたって書かれた文書や本田氏のさまざまな言葉、「マン島TTレース出場宣言文」(54年)、レース用オートバイ画像を開発する社員の努力と心意気をまとめたビデオなどが展示されたり、映されたりしています。
 また本田氏の言葉だけでなく、名脇役・参謀と言われた藤澤武夫氏や、後に社長になった河島喜好氏、久米是志(ただし)氏の言葉、作家の城山三郎氏が本田氏に贈った詩、さらには本田氏に大きな影響を与えた父・儀平氏の言葉も展示され、本田氏の生い立ちや性格、事業の足跡、仕事にかける思い・熱意の一端を偲ぶことができます。
 例えば、「私の頭の中に創造力というバッテリーが詰まっているわけではない。苦しまぎれの思いつきなのである」「当社は絶対に他の模倣をしない……」(右上の写真)、「新しい技術や理論を求める仕事というものは99%が失敗である」などの言葉からは、“これまでにないものの開発”に挑戦しようとする強い精神が感じられるように思います。

「努力、誠意、信頼、自立を教えられた」「モノを直感的に観る」

 また、12番目の社員だという河島氏の「まず『努力』ということ、『誠意』ということ、『信頼』ということ、『自立』の画像四つについて考えさせられ教えられた……」といった回想からは、本田氏の生きる姿勢を、久米氏の「モノを直感的に観(み)るという事は、創造する原動力ではないか……本田さんが凄(すご)かったのはそれができることで…」という言葉からは、新しいものを思いつき開発する創業者の感性、鋭さ、ひらめきのようなものを感じます。
 また河島氏は「すぐ反省し、すぐに行動する、ということが本田流ベンチャー精神のひとつとしてあったのだと……」とも言っていますが、ここからは、常に現場でスピーディーに動くベンチャー企業経営者の姿を見ることができます。

「物を売ったら最後まで責任をもたねばならん」父・儀平氏の遺訓

 「職人というのは、物を売ったら最後まで責任をもたねばならん。つくりっぱなし、売りっぱなしでは、そのうち注文がこなくなるのだ」−本田氏は「私の手が語る」の中で「私の家は代々の鍛冶屋であるから…」と書いていますが、これは村の鍛冶屋だった父・儀平氏の信条であり、遺訓です。これこそ、ベンチャー企業とか大企業とかではなく、ものづくり、仕事に対する基本的な精神、姿勢だと筆者(松浦)は思います。

 4.5馬力−50cc実用車としては世界最高、デザインに苦心

 1958年にスーパーカブの生産を始めるにあたって、本田氏は「50ccを4サイクルにすることは、生産技術上画像で超小型であるだけに困難で…(一部略)…。もし、効果がその困難に逆比例してあるのでなければ、わざわざその困難に向うことは意義のないことと云わねば……(同)……。で、その効果は? ☆4.5馬力……これは50cc実用車としては、世界最高であります」「スタイル……スッキリと垢抜けしたデザイン、とすることに最も苦心を払いました」と語りかけるように説明しています。
 このスーパーカブシリーズは発売50周年に当たる2008年4月に世界での生産累計が6000万台に達しました。エンジン付乗り物で、これほど売れた製品はないそうです。

熱意と人間の大きさが伝わってくる“スーパーカブのような施設”

 本田宗一郎ものづくり伝承館には、「昭和四十八年に若い人たちへ経営をまかせる二、三年前から日本画に画像親しむようになった」(「私の手が語る」。昭和48年=1973年、本田氏66歳の時、社長を退任し、藤澤氏=当時・副社長とともに取締役最高顧問となる=筆者注)という絵も展示されています。「小さな『館』」(伝承館のパンフレット)で、自動車は展示されていませんが、新しいものをつくろう、つくって人々に使っていただこう、喜んでもらおうという本田氏の熱い思いと本田氏の人間の大きさが伝わってくる施設、“スーパーカブのような施設”だと思いました。
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観覧料無料,10月5日からは企画展-研修で見学する人等も多く

 「本田宗一郎ものづくり伝承館」は観覧料無料(特別展開催時は有料)。10月5日〜11月24日まで「平成25年度企画展」が開催され、懐かしいオートバイが展示されているようですが、無料。最寄りの駅は天竜浜名湖鉄画像道・二俣本町駅で、JR・浜松駅から遠州鉄道に乗り換えて行くこともできます。
 実は筆者は浜松市生まれ。子供の頃にたくさんのスーパーカブが街を走っていたのをよく覚えています。それは今でも浜松市の活気、活力を象徴しているように私には思えます。私が生まれたのは中心部の商店街ですが、「すこし小高くなった川沿いの村」やその周辺には遠足などで、よく行ったものです。それだけに伝承館には、以前から行きたいと思っていました。私が訪れた時、会社の研修でしょうか、10人ほどの人が熱心にオートバイやビデオに見入っていました。また、2階の半分はワークショップスペースになっていて、私が行った日は地元出身の画家の作品展をしていました。
 「大きな夢を育む」とともに、「ふるさと『天竜』を全国に発信し、新たな交流拠点として、地域の活性化に寄与する」−伝承館は、そうした施設を目指して運営されているようです。
画像〈本田氏を直接、取材したことはありませんが、本田氏のことについては、このブログ「ベンチャー温故知新」の2012年4月11日の記事「ベンチャー企業経営者の一言−皆に見せたら、『あっ、私が欲しかったのはこれだ!』と言われる製品をつくる」に書かせていただいています〉
     日本コンピュータ・ダイナミクス株式会社
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