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zoom RSS アジア起業家村推進機構が通常総会-「ゼロから世界を目指す。高齢者も経験を活かし商売。日僑人の時代」

<<   作成日時 : 2017/06/22 13:50   >>

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「設立以来12年間の実績を基に、活動を全国各地に広げよう」

 NPO法人(特定非営利活動法人)アジア起業家村推進機構(会長・寺尾巖=寺尾サッシ工業株式会社 代表取締役会長、理事長・下條武男=日本コンピュータ・ダイナミクス株式会社 名誉会長、以下、社名の株式会社は画像略)は6月17日、一般社団法人アジアサイエンスカフェ(川崎市川崎区殿町)の交流サロンで、第13回通常総会とグローカルビジネスセミナーを開催した。総会では下條理事長が「(2005年2月の設立以来、12年間にわたり受けてきた川崎市からの補助金が)今年度からなくなったが、これを機にこれまでの成果と実績を基(もと)にして、活動を全国に広げて行こう」と挨拶。セミナーでは、社会福祉法人 伸こう福祉会(本部・横浜市南区)の創設者で専務理事の片山ます江氏が「ゼロ以下、自転車操業以下でスタートしたが、海外にも事業を展開できるようになり、“高齢者が自分の(身につけた)技術を活かして商売ができる”“地球を老人の遊び場にしよう”という目標を実現したい」と力を込めると、同NPO法人のアジア経営戦略研究所の増田辰弘所長(アジアビジネス探索者)も「日僑人の時代がやって来た。アジアの社会を見れば大きく選択肢は広がる」と実例を挙げながら説明するなど、「ゼロから再スタートだが、世界を目指そう」という姿勢、意気込みを感じさせた。

留学生の日本での起業と日亜ビジネス交流の支援-基本は不変 

 総会は最初に、川崎市からの補助金や受託事業がなくなったことに関連して、下條理事長が、「当NPO法人画像の住所も〈川崎市産業振興会館(川崎市幸区)から〉アジアサイエンスカフェ(会長・小林一 同NPO法人 副理事長,理事長・横山渉 環境経営ホールディングス代表取締役社長)に変わったが、アジアから日本に来た留学生の日本での起業を応援したり、母国に帰って仕事をする元・留学生と日本とのビジネス交流を支援するという活動は変わらない。設立以来、12年間、こうした活動をしてきて、(関係者から)期待もされている。今年度はゼロからの出発だが、これを機に活動を日本全国に、アジアに、さらには世界に広げて行きたい。皆さんのご協力を」と呼びかけた。

「自然体(自律)」で活動を深化、名古屋、徳島などでもセミナー

 この後、同NPO法人の牟田口雄彦 専務理事 兼 事務局長が平成28年度の事業概況を報告。特に牟田口氏は、28年度は下條理事長が信条とする「自然体(自律)」で、「今までの実績を踏まえて、活動を深化し拡大させようと挑戦してきた」と前置きして、スタートアップルームの「KSP−THINK(Think、川崎区南渡田町)」やアジア画像サイエンスカフェに、同NPO法人と川崎市、京浜多摩和僑会(会長・桂田忠明セントラル電子制御 代表取締役社長)などが共同運営してきたアジア起業家養成塾の3人の卒業生が創業した企業が、入居したことをはじめ、上海市環境経済協力事業、日本で起業したアジア出身者の企業と日本の企業とのマッチングなどを川崎市からの受託、一部受託事業として実施し、「成果を挙げた」と強調した。
 また、慶應義塾大学新世代インテリジェントシティコンソーシアム(本部・同大学 湘南藤沢キャンパスのSFC研究所内) が開いたフォーラムに協力したことやアジア経営戦略研究所がベトナム・ホーチミン市に事務所を開設する一方、名古屋市や徳島市でもセミナーを開催したことなどを挙げ、国内外で次の活動に向けた布石を打っている旨、述べた((冒頭の写真の一番右=手を上げ、話しているのが牟田口氏、その左で参加者の前にいるのが小林氏。左上は下條理事長が今年3月に出した「続 楽しくダイナミックに! 360度思考で生涯現役」=日刊工業新聞社刊。アジア起業家村推進機構の活動についても詳しく書かれている)。

日本語学校の留学生に奨学金、各地でアジア起業家村開設支援

 こうした活動を受けて牟田口氏は、29年度も引き続き、日本で事業に取り組むアジアの起業家への支援・サービス、起業画像家養成塾などを推進・開催する一方、ベトナムの南部メコンデルタ地方の最大都市カントー市やバリア・ブンタウ省など、現地でのビジネスマッチングやシンポジウム、さらには、アジアの大学を卒業し、日本国内の日本語学校に留学する学生に対する奨学金貸与などを盛り込んだ事業計画を説明。併せて、「2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでに羽田空港と川崎市殿町地区(先端医療・環境関連施設が集積する国際戦略拠点。サイエンスカフェの近く)とを結ぶ橋ができるうえ、多摩川を挟んだ両岸の広い地域が国家戦略特区に指定されている。羽田空港をハブにして、アジアのパワーを取り込み、ともに発展しようと(当NPO法人が)運営・支援してきたアジア起業家村のような拠点を今後、国内外につくり、世界に貢献したい」と訴え、セミナーに移行した。

介護施設、保育園等運営し海外とも交流するが、最初はゼロ以下

 セミナーは最初に、社会福祉法人 伸こう福祉会(理事長・足立聖子氏)の創設者である片山氏が講演。片山氏は主婦だった1976年に無認可保育園「キディセンター」を神奈川県藤沢市で開園。その後、1999年3月に伸こう画像福祉会を設立し、現在は特別養護老人ホーム、グループホーム、保育園、地域ケアプラザなどを運営するとともに、オーストオラリア、台湾、中国などの学校、老人ホームとの間で交流・研修に取り組み、今年3月には米国オレゴン州ポートランドに「The Encorepreneur Cafe(ザ アンコールプレナー カフェ」を開設するなど、国際的にも活動。「15か国・50人弱の人を含めて、1300人くらいの仲間といっしょに働いている」と伸こう福祉会の事業を説明しながら、「起業家という大げさな言い方は好みませんが…」と静かな口調で、「最初はないないづくし、ゼロ以下のスタートで、当時は信用金庫、信用組合が相手にしてくれるくらいで、事業計画を見るのではなく、担保はあるかという感じだった」「お金がなくて電話代も従業員の給料も払えず、たくさん貯金を持っている人に借りて払った。まさに自転車操業以下だった」と振り返った。

高齢者が技術と脳を使って商売-“地球を老人の遊び場にしよう”

 そうしたマイナスの状況から幅広く事業を発展させることができた理由について、片山氏は「急激な高齢化という時流に乗った仕事をしてきたので、自分の力以上に加速させてくれた」と参加者に語り、特に、海外での事業について「日本の技術、ものづくりに対する海外からの評価が高いので、私たちシルバー業界も(優れているかどうかわからないのに)評価してくれている(面がある)」と分析。「理念をしっかりさせて、それを働くスタッフに浸透さ画像せ、利用者の皆さんに感じてもらえるようにすることが大事」だと声を高めた。
 また、米国に施設をオープンしたことに関して、「米国は医療・介護保険制度がなくて、各自が自立(自律)しなくてはならない。ここのところを学びたいと思っている」と説明するとともに、米国の65歳のグラフィックデザイナー、日本の墨絵などを引き合いに出し、「高齢者が自分の(培ってきた)技術で、自分の現役の脳(の機能)を発揮して企画・プランニングし、請求書も書いて商売ができる仕組みが世界に広がっていく。これを夢で終わらせたくない」「地球を老人の遊び場にしよう」と明るく大きな青写真を描いた。
 さらに牟田口氏が「伸こう福祉士会の定年は80歳ですが…」と話の進展を促すと、片山氏は「伸こう福祉会では、年齢で区切るなんてありえない、通じない」と宣言。最後に「国と国との関係は難しいこともあるが、民間の人はお互いの良いところを認め合って誠心誠意、相手が喜んでくれることをしよう」「アジア起業家村推進機構は10年先を見据えて活動しているので、私も勉強させていただき、起業家養成塾の卒業生も伸こう福祉会で中国事業の責任者として働いている。是非、活動を世界に広めて」と話を結んだ(右上は伸こう福祉会が毎年、出しているANNUAL REPORT=年次報告書。事業の概要、各種データ、業績、社会活動、今後の計画などが明記されている)
          ◇           ◇         ◇
アショカ・フェローに東アジア初選出、シュワブ・社会起業家にも

 片山氏については、最初に牟田口氏から「アショカ」(米国ワシントンD.C.)が「世界をリードするソーシャル・アントレプレナー」「システミック・チェンジメーカー(Systemic Changemaker)」」として認証するアショカ・フェローに2012年、東アジアで初めて選ばれ(詳しくはアショカ・ジャパンのホームページ参照)、スイスに拠点を置くシュワブ財団からも「シュワブ・社会起業家 2014」に選出されたことが紹介された〈片山氏も昨年9月に、これまでの経験をもとに「理想の老人ホームって何だろう −常識にとらわれない介護70か条 」(株式会社 草思社)を出しています〉

根っからの起業家で組織から弾き出された「日僑人」が壁を崩す

 続いて、「日僑人の時代がやって来た」をテーマに講演したアジア経営戦略研究所の増田所長は、まず「日本画像経済、日本人の成長を阻む壁」として、「休眠資金(預金)、起業家不足、優雅な年金族、島国的引籠り、一局支配(忖度)社会」――の5つをスライドに映し、「定年退職して年金で優雅に暮らしていても3年くらい経つと元気がなくなる。お金に余裕のある人は年金を全部使って人生を楽しもう」と提言。併せて、日本人の海外旅行者は年間1700万〜1800万人に留まっているが、昨年、韓国から日本に来た人は約500万人で、日本の人口に換算すると1300万人、台湾からは420万人で2000万人になると「島国的引籠り」を解説した。
 さらに「一局支配(忖度)という傾向が永田町、霞が関(霞ヶ関)だけでなく、会社にもできあがりつつある」と指摘し、「この流れを変えるのが『日僑人』で、それは根っからの起業家で組織嫌い。既存の組織から弾き出されたような方だ」と主張。アジアで活躍する「日僑人」6人を具体的に挙げた

諦めない、未知の世界に挑戦、現地語に堪能、日本味を生かす

 6人は経営者やマネージャー、部長などで、北京の印刷会社の社長は「2年間、全く売れなかったが、良くて安いものは売れる。自分をあきらめない限り必ずチャンスは来る」という強い信念で事業を切り開(拓)き、カンボジ画像アのプノンペンでさまざまな層の客が来る高級日本料理店を経営する“すご腕おかみ”は「良い人間と悪い人間、実は紙一重(本当に悪い人はあんまりいないのではないか)」という社会観を基本に接客し繁盛している。
 また、4年間でミャンマーのトップフリーペーパーに躍り出た編集長は日本、米国、中国でビジネスの経験を積み、「未知の世界にチャレンジするから人生はある」という精神でマンションや人材紹介も手掛ける一方、「ラオスに魅せられ、ラオスで7つの顔を持つ男」は製造業の工場マネージャーで、ラオス語が堪能な日本人としていろんな仕事をし、顔役になっているという。
 またタイの「工場長はインド人、技術部長は日本人、財務部長は中国人」という会社は、ドイツ、スイス、日本の機械を使う“究極のものづくり企業”で、「ユーザーは日本企業。コストは安く、営業はなし」。最後に増田氏は「韓国に入り込み、日本味を生かす」という姿勢で現地向けの新規事業を開拓する日本の経営者に触れながら、事前に現地の歴史や地理を勉強することの大切さに言及するとともに、「『アジア起業家村』というブランドは定着したが、厳しい採点だが、実態は60点だ」と話を締めくくった〈増田氏も昨年11月に「熟成期を迎えたアジアに羽ばたく日本企業 中堅●中小企業の出番がやってきた」(株式会社カナリアコミュニケーションズ)を出し、革新的な経営術でビジネスを展開する仰天事例15社を紹介しています〉

目指すは世界平和、自治体に働きかけ、線を面に、本部は東京に?

 この後、開かれた交流会では、下條理事長が「今はゼロ、底なので、これからは上に行くしかない。どこを目指すのかと言えば、世界平和だ」と力強く杯を挙げると、和やかで活気のある輪が広がりました。
 会場で参加者に筆者(松浦)が今年度から川崎市の助成がなくなったことについて聞いたところ、「一般社団法人のアジアサイエンスカフェとの連携を強める」「12年間の実績を基に全国の自治体、特に中核市などにアントレプレナー養成事業を提案し、地域活性化(地方創生)を支援する。そのためには本部を東京に置くほうが良い」といった答えが返ってきました。
 また、すでにベトナムに進出し、金型の保守・修理や金型用精密部品等の加工をしている経営者からは「ミャ画像ンマーで製造することも検討している」と将来に向けた構想も聞かれました。起業家養成塾の卒業生が起業したり、伸こう福祉会のようなところで責任ある仕事を任されるなど、“点が線に”なっています。今回の総会では役員に変更はありませんでしたが、アジア起業家村推進機構の活動が広がり、“線が面に”なることを期待したいと思います。
 日本コンピュータ・ダイナミクス株式会社(リンク)
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(アジア起業家養成塾に関しては、このブログ「ベンチャー温故知新」の2017年03月08日の記事「…−10人が卒業ビジネスプラン発表−…」に、またビジネスマッチングについては同02月06日の「……日亜のVB・中小企業の『楽市、楽座』開催」に書いています。併せて参照して下されば幸いです)
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