松浦利幸「ベンチャー温故知新」VBの歴史と最新情報

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zoom RSS 元気な120才を創る会などが「社会に貢献する事業を! <無いものを創る>」をテーマにセミナー開催

<<   作成日時 : 2018/04/09 15:56  

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50年前に起業したVB経営者が熱く討論-顧客の感謝が利益に

 NPO法人(特定非営利活動法人)元気な120才を創る会(本部・東京都千代田区)などは、3月19日、参議院議員会館(同・千代田区)の会議室で 「社会に貢献する事業を! 〈無いものを創る〉」を大きなテーマに「2017年度第4回120セミナー&サロン」を開催した。大野雅之 株式会社統合共育研究所(横浜市青葉区)代表取締画像役が「価値のパラダイムの歴史的転換」と題して基調講演するとともに、「第一次ベンチャーブーム」と言われる50年ほど前の1960年代半ばから後半にかけて創業した下條武男 日本コンピュータ・ダイナミクス株式会社 名誉会長(NPO法人アジア起業家村推進機構=川崎市川崎区=理事長)と中上崇 元・エヴィック株式会社 社長(現・株式会社メタリンク=東京都世田谷区、社長)、および、NPO法人ライフ・ベンチャー・クラブ(東京都中央区)理事の持田昇一氏(さがし愛ネット合同会社代表、一般社団法人日本開発工学会 理事・事務局長)、アジア起業家村推進機構の牟田口雄彦 副理事長の4氏がパネラーとなり、120才を創る会の澤登信子 理事・本部事務局代表(株式会社ライフカルチャーセンター代表取締役)をコーディネーターに、「社会で必要とされる仕事をして利益を出し、継続させていくのが会社であり、ベンチャービジネス(VB)もこれがベース」「相手(顧客)の感動が感謝となって表れ、利益を最大化し、それがイノベーションにつながっていく」など、年齢を超えて熱のこもった議論を繰り広げた。

日本人の力-不易流行、お役立ち精神、やりきる、情熱を行動に

 最初に講演した大野氏(メビウス人財育成グラジュエートスクール学長)は「〜ポスト平成時代に求められる世界を動かす日本人の人間力〜」というサブタイトルで、転換期にある現在を分析し将来に向けた展望を提言した画像(すみません、筆者=松浦は都合で遅れて行った関係で大野氏の講演を全部聞けず、ここでは、大野氏の資料のダイジェストを掲載します)。
 大野氏は特に「パラダイムを知性/理性、感覚で理解し、腑に落とす」「近代の位置付け、新しい文明など−何がどう『歴史的転換』なのかを理解する」「神仏習合、不易(Know why)流行(Know how)、結びの思考など−日本と日本人の役割を考える」「人間力(知力/感力/行力/場力/活力)とは何かを考察する。人生100年時代」「『無いものを創る』ために必要な資質とは…お役立ち精神、自主性、やりきる力、他者と共創・協働する力、情熱を行動に換える力…」などの大きな観点から解説し、参加者は共感の拍手を送った。

1971年8月に日本VB協会設立、「閉塞日本社会の未来を開く」

 続いて行われたパネルディスカッションでは、澤登氏が「私もベンチャーの端くれとして、ずっと社会的な課題を画像解決しようと、マーケティングや仕組み創りに取り組んできた」と前置きして、50年以上前の1965年に27歳でエヴィック(当時・エヴィック商会)を創業した中上氏に発言を促すと、中上氏は(参加者に配布した)日本ベンチャー・ビジネス協会が1974年9月30日に発表した「ベンチャー・ビジネスの理念(ベンチャー憲章)」のコピーを示し、「企業には大企業、中小企業、ベンチャー企業の3つがあると当時から考えていたが、下條さんや清成忠男先生(当時・国民金融公庫調査課長。その後、法政大学教授、総長・理事長、事業構想大学院大学学長など歴任)、中村秀一郎先生〈当時・専修大学教授。その後、野田一夫氏(多摩大学 初代学長)とともに同大学創設、同大学経営情報学部長、名誉学長、故人〉が中心になって、71年8月に日本ベンチャー・ビジネス協会がつくられ画像た(72年8月に関西ベンチャー・ビジネス協会も設立)」と当時の状況を説明しながら、「ベンチャー・ビジネスの理念」の最後に書かれている「閉塞状態のなかにある日本の社会にあって、われわれこそは、控え目にみても、数少ない可能性の一端を背負っている…その意味において、われわれは楽観論者の群れである…」という文を読み上げ、「そういう覚悟を持ってやってきた」と参加者に語りかけた。
 〈左上=「ベンチャー・ビジネスの理念」は、2001年7月に結成されたパイオニア・ベンチャーグループ(理事長・下條氏)が05年6月に出した「黎明期のベンチャービジネス運動 日本におけるその思想と広がり」のトップページに掲載されている。右上の写真=左から牟田口氏、持田氏、中上氏、下條氏、澤登氏〉

「ヘソ曲がりの紆余曲折の人生」-26歳で就職、VB協会の代表も

 一方、下條氏は昨年3月16日の日本コンピュータ・ダイナミクス(NCD)創立50周年記念日を前に出した著書画像「続 楽しくダイナミックに! 360度思考で生涯現役」(日刊工業新聞社刊)を参加者に配り、「1967年、35歳の時にNCDを設立したが、当時はベンチャービジネスという言葉がなかった時代。私は浪人も留年もして26歳で大学を卒業したが、すでに結婚していて子供も生まれていた」「大学は数学科で、本の第一部『ヘソ曲がりの紆余曲折の人生』にも書いているが、就職しようと思っても、どこも採ってくれない。担当教授の紹介でやっと拾ってくれたのが、吉澤会計機の吉澤審三郎社長で、この会社は(入社した日に日本レミントン・ユニバックになったが)現在の日本ユニシス。真空管のコンピュータを扱ったが、コンピュータの解説書が英語で書かれていて、語学が苦手の私には全くわからなかった」「ただ図形は感覚的にわかるので、それをもとに理解し、その後、画像日本能率協会(現在は一般社団法人)に移って、5年半ほど、証券会社や銀行などがコンピュータを導入する際のコンサルティングをして独立した」――下條氏は社会人としてのスタートが日本のコンピュータの黎明期と重なったことを振り返りながら、「日本ベンチャー・ビジネス協会には40〜50人が集まり、分裂の危機もあったが、『せっかく個性ある経営者が集まったのだから、意見の違いがあったっていいではないか』と私が呼びかけると、『では、お前が代表をやれ』と言われ、代表幹事をしていたこともある(72年〜75年)」と“日本ベンチャーの黎明期”のまとめ役に就いたことにも言及した。

「自由、自立、パートナーシップ、勇気」を人生で実行するのがVB

  この“日本のベンチャーの黎明期”に関連して、中上氏はさらに、「ベンチャー・ビジネスの理念」と併せて配布画像した日刊工業新聞の昭和46年(1971年)12月22日付の「試練をのりきる ベンチャー・ビジネス」と題した特集記事を手に、「これは日本でベンチャー・ビジネスを取り上げた最初の記事(ではないか)。この記事には下條さんも私も載っている」「私は75年7月に(通産省=現・経済産業省の外郭団体として)設立されたVEC(現・一般財団法人 ベンチャーエンタープライズセンター)に加入し、76年には日本電子機器輸入協会(JEPIA)も設立し、83年5月には後輩のベンチャーを支援しようと(下條さんらベンチャーの仲間と)マグナムベンチャーキャピタル(社長・中上氏)もつくったが、これからも若いベンチャーを支援していきたい」と強調するとともに、「『自由、自立、パートナーシップ、勇気を人生で実行する』のが、ベンチャーだ」と訴えた。

高齢者を社会的コストから社会貢献に-生涯現役110番 アプリも

 一方、持田氏は(かつて中上氏が会長をしていた)日本開発工学会や名古屋工業大学・未来医療介護情報学画像研究所などで認知症徘徊老人の問題を研究して、「高齢者を社会的コストから社会貢献に変えていきたい。そのためには健康寿命を伸ばすことと生涯現役という考え方が大切だと思い、昨年から(ライフ・ベンチャー・クラブの提携団体である)日本生涯現役推進協議会で『生涯現役110番』を始めたが好評」とスライドに映して、「これを電話から『ハタラキカタ登録』、『ナンデモ相談』というスマートフォンアプリケ―ションにして、4月21日に開かれる第8回生涯現役サミットを機に発表し実施していきたい」と具体的な計画を描いた。

40社の起業支援を基にアジア等の高度人財と共創、共育、共進化

 また、牟田口氏は「私はベンチャー企業の経営者から薫陶を受けた影響もあって、2001年、49歳の時に神奈川県庁を早期退職したが、アジアから日本に来た留学生が、『創業意欲はあるが、日本では起業できずに国に帰る』のを見て、阿部孝夫 元・川崎市長(2001年〜2013年)の協力を得て2005年2月にNPO法人アジア起業家村画像推進機構(会長は寺尾巖 寺尾サッシ工業株式会社 代表取締役会長)の設立に参画した」と自己紹介しながら、そのアジア起業家村では40社ほどが起業し、起業家養成塾も開催。
 経済産業省からの委託により、日本とベトナム南部のバリア・ブンタウ省との間の金型ブランド化事業(中小企業海外展開総合支援事業、11年度〜14年度)や厚生労働省委託の「海外派遣人財育成支援事業(新事業展開地域人材育成支援事業)、13年度」などでも成果を挙げてきたことを説明し、「アジア等からの留学生に対する奨学金貸与事業を始めようと準備中で、今後もアジア等の高度人財と共創、共育、共進化することをミッションにしていきたい」「2020年に羽田空港と(アジア起業家村推進機構の事務局=一般社団法人アジアサイエンスカフェ内=がある)殿町地区を結ぶ橋ができるので、アジア起業家村をアジア起業家の憧憬の島にしたい」と力説した。

「会社は営利法人ではない」「社会を良くするという感覚を磨け」

 最後に澤登氏がセミナーの大きなテーマである「無いものを創る」についてパネラーの4氏に聞くと、「お客さんから頼まれ、必死になってソフトウェアをつくって完成させると、お客さんが喜んでくれる。その感謝してくれる顔画像を見て、社会人としての生きがいを知った。会社は営利法人というが、そうではなく、社会で必要とされる仕事をして、必要なもの(料金)をいただき、いくらか利益も出して継続させていくことこそ基本で、これが私のベンチャービジネスというものに対する考え方のベースになっている」(下條氏)、「社会を良くするという感覚を磨いていくことが大事で、相手(お客さん)の感動が感謝となって表れ、利益を最大化する。それがイノベーションにつながっていく。利益が少ないのは貢献が少ないからだ」(中上氏)と、ともに社会貢献が第一である旨、主張。
 持田氏は「日本人はアジア起業家村のように、外から来た民族を受け入れてミックスし、新しいものを創っていくのが得意。高齢化社会に対する問題でもアジアの先頭に立っていくべきだ」。牟田口氏はアジア起業家村での経験を通して、医療や人財採用で役に立った例などを挙げ、「人に喜ばれることが大切だ」とそれぞれ回答した。

ベンチャー精神は「不易」、「流行」は若い人とともに情報も知識も

 こうした発言を受けて、澤登氏が「NCDは2000年にジャスダックに上場したが、下條さんや中上さんをはじめとするパネラーの皆さんに人間力を感じる」と感想を述べると、大野氏も「(皆さんが持たれている)ベンチャー精神が『不易』。『流行』は若い人といっしょになって新しい情報も知識も取り入れていくこと」とコメント。「これまでに蓄積してきた経験や資源をもとに、ベンチャー企業を支援し日本を活性化していこう」という気運が盛り上がるなか、セミナーは幕を閉じた。
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澤登氏  一貫して仕事にチャレンジする女性を支援-不変の姿勢

 筆者は20年ほど前に、澤登氏が中心になって発足させた「アンテナネット」が主催したフォーラム(パネルディス画像カッション)を取材したことがありますが、その時も澤登氏は「子育てをしながら、あるいは子育てを終わった主婦で仕事にチャレンジしようという女性はどんどん増える」「高齢者介護のように、ボランティアがビジネスに移行するケースも増える」と強調していました。
 最近はベンチャーキャピタル(VC)や事業会社から一度に100億円もの資金を調達するようなスタ-トアップVBも出るなど、VBを取り巻く環境が変わっている面もありますが、上記の澤登氏の言葉からも、変わらないVB経営者の姿勢、強い志を感じます。
 (左上の写真は参議院議員会館)
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〈日本ベンチャー・ビジネス協会の設立などのVBの歴史については、このブログ「ベンチャー温故知新」の最初の記事「エンジェルズ・フォーラムの交流会……[VBの歴史その1]」(2010年09月28日)〜「ベンチャービジネスの歴史 その7−1980年代半ばから『インキュベーション』という言葉…」(11年04月27 日)までの間に連続ではありませんが、掲載。また、最近のVBの資金調達動向に関しては「日本VC協会がメディアプレゼン−日本のVBの画像資金調達額過去最高−宇宙VB3社の経営者が討論」(18年02月19日)と「VECが『ベンチャー白書2017(電子版)』説明会-投資は増加…」(17年11月14 日)に掲載。
 併せて、 17年10月31日の記事に「日本生涯現役推進協議会が第7回サミット-活動を全国に-」を、17年09月24日に「下條武男NCD創業者 名誉会長の本『続 楽しくダイナミックに! 360度思考で生涯現役』が好評…」を載せています。参考にして下さると幸いです〉
 日本コンピュータ・ダイナミクス株式会社(リンク)
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